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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)118号 判決 1972年9月26日

東京都千代田区六番町三番地

原告

豊島三世子

同所同番地

原告

豊島雪子

同所同番地

原告

豊島快兒

同所同番地

原告

豊島涼子

右三名法定代理人親権者母

豊島三世子

右四名訴訟代理人弁護士

下光軍二

上田幸夫

上山裕明

小坂嘉幸

右訴訟代理人弁護士

石川恵美子

同都同区大手町一丁目七番地

被告

東京国税局長

中橋敬次郎

同都同区同町一丁目五番地

被告

麹町税務署長

稗田博

右両名指定代理人

寛康生

角張昭次郎

小宮龍雄

丸森三郎

右当事者間の相続税更正決定等取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、申立て

一、原告ら

被告麹町税務署長が昭和四一年八月一五日付で原告らに対してした昭和三八年三月二日相続開始にかかる相続税の各更正処分および過少申告加算税の各賦課決定処分はいずれもこれを取り消す。

被告東京国税局長が昭和四二年四月二五日付で原告らに対してした審査請求棄却の各裁決はいずれもこれを取り消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

二、被告ら

主文同旨

第二、主張

一、原告らの請求原因

(一)  訴外豊島美王麿が昭和三八年三月二日死亡し、原告三世子は妻として、その余の原告らは子としてそれぞれ美王麿所有の財産を相続により取得したので、同年九月二日被告麹町税務署長(以下、被告署長という。)に対し原告三世子については課税標準一二、〇六九、一〇〇円、相続税額一、六一八、〇九〇円、原告雪子については課税標準四、八二七、六〇〇円、相続税額九六五、〇二〇円、原告快兒については課税標準四、八二七、六〇〇円、相続税額九四五、〇二〇円、原告涼子については課税標準四、八二七、六〇〇円、相続税額九二五、〇二〇円とする相続額の申告をした。

(二)  これに対し、被告署長は昭和四一年八月一五日付で原告三世子については課税標準一五、七〇〇、四〇〇円、相続税額二、九五八、六四〇円原告雪子については課税標準六、二八〇、一〇〇円、相続税額一、四九〇、一五〇円、原告快兒については課税標準六、二八〇、一〇〇円、相続税額一、四七〇、一五〇円、原告涼子については課税標準六、二八〇、一〇〇円、相続税額一、四五〇、一五〇円とする各更正処分(以下、本件各更正処分という。)をするとともに過少申告加算税として原告三世子に対しては六七、〇〇〇円、その余の原告らに対しては各二六、二五〇円の各賦課決定処分(以下、本件各賦課決定処分という。)をした。

(三)  そこで、原告らは、昭和四一年九月三日被告署長に対し本件各更正処分および本件各賦課決定処分につき異議申立てをしたところ、審査請求とみなされるにいたり、被告東京国税局長(以下、被告局長という。)は、昭和四二年四月二五日付で原告らの審査請求をいずれも棄却する旨の各裁決(以下、本件各裁決という。)をした。

(四)(1)  本件各更正処分においては、被相続人豊島美王麿の相続財産に含まれない原告ら固有の財産を相続財産に含めたり、あるいは相続財産に含まれるとしても原告らにおいて現実に受領していない財産を相続財産に含めて課税標準を算定しているので違法である。

(2)  本件各裁決において原告らの審査請求を棄却した理由は、第一に原処分が申告もれとして更正したその他の財産について審理したところ、原処分に誤りはないというものであり、第二に原処分の理由とする相続財産以外にも申告もれの相続財産があるから結局審査請求は理由がないというものである。しかし、右第一の理由は、原告らの不服申立てに対して何らの説明を加えておらず、第二の理由は、原処分の理由とは異なる新たな理由によつて原処分を維持しようとするものであつて許されず、結局、本件各裁決には理由不備の違法がある。また、右のような理由附記は、行政庁の処分に対する国民の信頼感を失わせるとともに、公正な手続をすべき義務に違反し、信義誠実の原則にも違法するのであつて、憲法三一条、二九条一項に違反する。

(五)  よつて、本件各更正処分、本件各賦課決定処分および本件各裁決の取消しを求める。

二、請求原因に対する被告らの答弁

請求原因(一)ないし(三)の各事実は認める。同(四)は争う。

三、被告署長の主張

(一)  本件各更正処分における課税標準の合計額三四、五四〇、七〇〇円に共同相続人である訴外豊島良子と同杉本みどりの課税標準を加えれば四七、一〇一、二一七円となる。ところで、被相続人美王麿の遺産相続にかかる相続税の正当な課税標準は、次に述べるとおり五八、四六〇、八〇七円であるから、この範囲内でされた本件各更正処分は適法である。

(二)(1)  被相続人豊島美王麿の総遺産の内訳は次のとおりである。

1 土地 二三、七五九、八四二円

2 家屋 二、五二二、〇〇〇円

3 書画骨董品 五、三三一、〇〇〇円

4 株式 二一、一四一、九四四円

5 貸付信託 二、七八〇、〇〇〇円

6 預貯金等 一、二一四、五〇四円

7 その他 二、二二一、〇二七円

合計 五八、九七〇、二一七円

(2)  右遺産総額から控除される債務控除額は次のとおりである。

1 葬式費用 三一四、五二〇円

2 その他 一九四、九九〇円

合計 五〇九、五一〇円(なお、被告署長は昭和四七年五月一六日付準備書面において五〇九、三一〇円と記載しているが、それは五〇九、五一〇円の明白な誤記と認める。)

(3)  右(1)の遺産総額から右(2)の債務控除額を控除した相続税の課税標準は五八、四六〇、八〇七円である。そして、原告らの相続分割合は、原告三世子が一五分の五、その余の原告らが豊島良子、杉本みどりとともに各一五分の二である。

(三)  右(二)の(1)の3の書画骨董品は別紙目録記載のとおりである。

(四)  右二の(1)の4の株式の内訳は次のとおりである。

銘柄 株式数 昭和三八年三月二日の終値(円)

(1) 伊原高圧継手工業 一、〇〇〇 三一一 三二、〇〇〇

(2) 東京都競馬 五、〇〇〇 二一三 一、〇六五、〇〇〇

(3) 関東レース 一、〇〇〇 三〇七 三〇七、〇〇〇

(4) 日活 六六六 五六 三七、二九六

(5) 岡崎工業 一、〇〇〇 二一六 二一六、〇〇〇

(6) 万有製薬 三六、一四八 四六八 一六、九一七、二六四

(7) 日本カーバイト 二、〇〇〇 九三 一八六、〇〇〇

(8) 東京日産自動車販売 三、〇〇〇 一三〇 三九〇、〇〇〇

(9) 日野自動車 二、〇〇〇 九六 一九二、〇〇〇

(10) ダイハツ工業 六、五六五 一一二 七三五、二八〇

(11) 大都工業 一、〇〇〇 三八七 三八七、〇〇〇

(12) 東京三洋電機 五二 一、〇五〇 五四、六〇〇

(13) 三洋電機 三、〇六七 一一二 三四三、五〇四

合計     二一、一四一、九四四

(五)  右(二)の(1)の5の貸付信託の内訳は次のとおりである。

名義人 金額(円) 契約日

(1) 豊島三世子 一〇〇、〇〇〇 昭和三五年七月一九日

(2) 同雪子 一〇〇、〇〇〇 〃

(3) 同快兒 一〇〇、〇〇〇 〃

(4) 同涼子 一〇〇、〇〇〇 〃

(5) 同千枝子 三八〇、〇〇〇 昭和三五年一〇月三日から同 三八年二月二七日まで

(6) 無記名 一、〇〇〇、〇〇〇 昭和三八年三月一五日

(7) 同 一、〇〇〇、〇〇〇 昭和三八年三月一八日

合計 二、七八〇、〇〇〇

右表のうち(1)ないし(4)はいずれも原告らの名義で設定されているが、それは被相続人美王麿が原告らの名義を用いて設定したものであつて相続財産を構成するものである。仮に、被相続人美王麿が設定したものでないとしても、その設定に必要な金員は右被相続人より原告三世子へ右設定契約の当時贈与され、原告三世子が原告ら名義で設定したものであるところ、右贈与は、相続開始前三年以内にされたものであるから、相続税法一九条により相続財産を構成するものである。(5)の豊島千枝子は原告三世子の仮名であつて、(1)ないし(4)について述べたのと同じ理由により相続財産を構成する。(6)および(7)はいずれも相続開始後に設定されたものであるが、それは被相続人美王麿の有していた現金あるいは有価証券を換金してえた金員を用いて設定されたものであるから、相続財産を構成するものである。

(六)  右二の(1)の6預貯金等の内訳は次のとおりである。

種類 預入先 名義人 金額(円)

(1) 当座預金 三菱銀行麹町支店 豊島美王麿 一三四、八七九

(2) 〃 都民銀行神田支店 〃 三二、四二四

(3) 当座預金 三菱銀行麹町支店 豊島快兒 二一八

(4) 〃 〃 豊島三世子 六一二、八八〇

(5) 信用取引精算金 室清証券 豊島美王麿 一九七、一六六

(6) 〃 セントラル証券 〃 五九、九三七

(7) 現金     二五、〇〇〇

合計     一、二一四、五〇四

右表のうち(3)は原告快兒名義の普通預金であるが、その実質的な預金者は被相続人美王麿かあるいは原告三世子のいずれかである。ところで、右預金の元帳に記載されている預入金のうち昭和三七年一〇月八日にDSO(他店券受入)記号で預け入れられている四六八、三七七円は、被相続人美王麿が室清証券株式会社から株式の売却代金として受領した小切手により預け入れたものであるところ、(3)の実質的預金者が原告三世子であるとすれば、右四六八、三七七円は同原告が被相続人美王麿より贈与を受けたことになり、その全額を相続財産とすべきことになる。しかし、(3)の実質的預金者が被相続人美王麿であるか原告三世子であるか明らかでないので、相続開始日現在における預金残高をもつて相続財産と主張するものである。次に、(4)は原告三世子名義の普通預金であるが、その元帳に記入されている昭和三八年二月二五日の預入金六一二、八八〇円は、セントラル証券株式会社において、同月二二日被相続人美王麿名義でされた現物取引による株式売却代金三〇五、九四〇円と同月二三日被相続人美王麿の仮名である伊藤利一名義でされた現物取引による株式売却代金三〇六、九四〇円の合計額であつて、相続財産を構成するものである。

四、被告局長の主張

(一)  原告らの本件各更正処分に対する不服申立ての内容は申告した以外に相続財産として取得したものはないというものであるところ、本件各裁決の趣旨とするところは原処分たる本件各更正処分で理由とした相続財産のほかに申告洩れの個々の相続財産をあげ、これを加えた相続財産総額が原処分の認定額を上回るというにあるから、原告らの右不服申立てに対する理由としては必要にして十分なものである。

(二)  また、審査請求に対する裁決においては、原処分の理由となつている遺産の存否、数額にとらわれず、総遺産を再検討のうえ審査請求の可否を決定できるのであつて、裁決で新たな理由を追加することは妨げない。

五、被告署長の主張に対する原告らの答弁

被告署長主張の(一)の事実は争う。もつとも、同被告が本件各更正処分をするにあたり被相続人美王麿の遺産相続にかかる相続税の課税標準の合計額を四七、一〇一、二一七円と認定したことは認める。同(二)の(1)の事実のうち、1、2および7は認める。同(二)の(2)の事実は認める。同(三)の事実は争う。同(四)の事実のうち、(4)および(8)ないし(13)は認める。同(6)の一部が相続財産に含まれることは認めるが、株式数は争う。同(1)ないし(3)、(5)および(7)は否認する。(5)は原告三世子の固有財産であり、(2)、(3)および(7)は豊島良子および杉本みどりが受領し、原告らにおいては現実に相続財産として受領していないので、いずれも原告らの相続税の関係においては相続財産に含ませるべきではない。同(五)の事実のうち、その主張の貸付信託が存することは認めるが、それが相続財産に属することは否認する。すなわち(1)ないし(5)は((5)の豊島千枝子か原告三世子の仮名であることは認める。)東京都千代田区二番町七番地所在の原告三世子所有の家屋の賃料収入のうちから同原告において積み立てたものであり、(6)および(7)は同原告所有の株式の売却代金より同原告において積み立てたものであつて、いずれも同原告固有の財産である。同(六)の事実のうち(3)ないし(6)は否認する。(3)は原告快兒の、(4)は原告三世子の各固有の財産であり、(5)は被相続人美王麿が生前受領して費消しており、(6)は豊島良子および杉本みどりにおいて受領しており、いずれも相続財産に含まれないものである。

第三、立証

一、原告ら

甲第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一、二、第四ないし第九号証、第一〇号証の一、二、第一一ないし第一三号証および第一四号証の一、二を提出。

証人中島ユキ子、同門馬信子、同小櫃政治、同豊島美須麿および同八代正雄の各証言ならびに原告豊島三世子本人兼その余の原告らの法定代理人尋問の結果(以下、原告三世子本人尋問の結果という。)を援用。

乙第二八号証の一、二、第二九号証、第三〇号証の一、二、第三二、三三号証、第三五号証、第三六号証の一、二および第三七ないし第四〇号証の成立はいずれも認める。その余の乙号各証の成立はいずれも知らない。

二、被告ら

乙第一ないし第八号証、第九ないし第一四号証の各一、二、第一五ないし第二一号証、第二二号証の一、二、第二三ないし第二七号証、第二八号証の一、二、第二九号証、第三〇号証の一、二、第三一ないし第三五号証、第三六号証の一、二および第三七ないし第四〇号証を提出。

証人岩本親志、同上田治美、同八代正雄および同井上芳郎の各証言を援用。

甲第二号証、第五ないし第八号証、第一〇号証の一、二、第一二、第一三号証および第一四号証の一、二の成立はいずれも認める。第一号証の一のうち書き込み部分以外の部分の成立は認めるが、書き込み部分の成立は知らない。その余の甲号各証の成立はいずれも知らない。

理由

一、請求原因(一)ないし(三)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。そして、原告らの相続分割合が被告署長主張のとおりであること(すなわち、原告三世子が一五分の五、その余の原告らが豊島良子、杉本みどりとともに各一五分の二)については、原告らは明らかに争わないところであるから、自白したものとみなされる。

二1  そこで、被相続人美王麿の遺産について検討するに、被告署長主張の遺産のうち土地二三、七五九、八四二円、家屋二、五二二、〇〇〇円およびその他二、二二一、〇二七円(三、(二)、1、2および7)が被相続人美王麿の遺産に含まれることは、原告らと被告署長との間において争いがない。

2  成立に争いがない乙第二八号証の一、二および同第二九号証、証人井上芳郎の証言により成立が認められる乙第三四号証に同証言および原告三世子本人尋問の結果を合わせれば、被告署長主張の書画骨董品(別紙目録記載)が被相続人美王麿の遺産に含まれることおよび右書画骨董品の昭和三八年三月一日現在の評価額が五、三三一、〇〇〇円であることが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。そして、特段の事情の認められない本件においては、右書画骨董品の同月二日現在の評価額も右と同様五、三三一、〇〇〇円であつたと考えるのが相当である。

3  被告署長主張の株式(三、(四))のうち、日活六六六株三七、二九六円、東京日産自動車販売三、〇〇〇株三九〇、〇〇〇円、日野自動車二、〇〇〇株一九二、〇〇〇円、ダイハツ工業六、五六五株七三五、二八〇円、大都工業一、〇〇〇株三八七、〇〇〇円、東京三洋電機五二株五四、六〇〇円および三洋電機三、〇六七株三四三、五〇四円が被相続人美王麿の遺産に含まれることは、原告らと被告署長との間において争いがない。証人岩本親志の証言およびこれにより成立が認められる乙第一号証によれば被相続人美王麿は昭和三八年三月二日現在伊原高圧継手工業の株式一、〇〇〇株を山一証券株式会社へ保護預けしていたことが認められ、証人岩本親志および同小櫃政治の各証言およびこれらにより成立が認められる乙第三および同一五号証に成立に争いがない同第二九号証を合わせ考えれば、被相続人美王麿は昭和三八年三月二日現在東京都競馬の株式五、〇〇〇株を室清証券株式会社へ信用取引の担保として預けていたことが認められ、証人八千代正雄の証言およびこれにより成立が認められる乙第二号証によれば、被相続人美王麿は伊藤利一名義でセントラル証券株式会社にて信用取引をしていたが、昭和三八年三月二日現在同社へ関東レースの株式一、〇〇〇株および日本カーバイトの株式二、〇〇〇株を信用取引の担保として預けていたことが認められる。

また、証人小櫃政治の証言ならびにこれにより成立が認められる乙第三および同一五号証によれば、被相続人美王麿は昭和三八年三月二日現在万有製薬の株式三、〇〇〇株を室清証券株式会社へ信用取引の担保として預けていたこと、小櫃政治は同年二三日右株式三、〇〇〇株の売却代金を原告三世子へ交付したことが認められ、成立に争いがない乙第三〇号証の一、二および同第三二号証、証人上田治美の証言により成立が認められる同三一号証に原告三世子本人尋問の結果を合わせ考えれば、原告らならびに共同相続人杉本みどりおよび同豊島良子は、昭和三八年三月二六日被相続人美王麿の遺産の暫定的な一部の分配として同人の有していた万有製薬の株式一二、〇〇〇株を現物で分配するとともに、同人の有していた万有製薬の株式一一、〇〇〇株をセントラル証券株式会社の守北某を通して売却した代金五、六八七、九七五円を分配し、さらに、同年四月一日には被相続人美王麿の有していた万有製薬の株式六四八株と他の株式を右守北を通して売却した代金二、三〇八、六〇二円を分配していることが認められる。以上の各認定を覆えすに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、被相続人美王麿は昭和三八年三月二日現在万有製薬の株式を二六、六四八株有していたことになるが、これをこえて同人が被告署長主張のとおり三六、一四八株を有していたかどうか、ならびに岡崎工業の株式一、〇〇〇株が被相続人美王麿の遺産に含まれているかどうかについてはしばらく判断を留保する。以上認定の事実によれば、前記当事者間に争いがない株式のほかに、少なくとも伊原高圧継手工業一、〇〇〇株、東京都競馬五、〇〇〇株、関東レース一、〇〇〇株、万有製薬二六、六四八株および日本カーバイト二、〇〇〇株も被相続人美王麿の遺産に含まれることになるが、成立に争いがない乙第三七号証によれば、東京証券取引所における右各株式の昭和三八年三月二日の終値は伊原高圧継手工業が三一一円、東京都競馬が二一三円、関東レースが三〇七円、万有製薬が四六八円、日本カーバイトが九三円であることが認められ、この認定に反する証拠はないので、同日における伊原高圧継手工業一、〇〇〇株の評価額は三一一、〇〇〇円、東京都競馬五、〇〇〇株の評価額は一、〇六五、〇〇〇円、関東レース一、〇〇〇株の評価額は三〇七、〇〇〇円、万有製薬二六、六四八株の評価額は一二、四七一、二六四円、日本カーバイト二、〇〇〇株の評価額は一八六、〇〇〇円ということになる。

ところで、原告らは、原告らにおいて現実に受領した遺産のみが原告らに対する相続税の課税価格の対象とされるべきであり、たとえ被相続人美王麿の遺産であつても原告らにおいて現実に受領していないものは右対象から除くべきである旨主張する。しかしながら、被相続人美王麿の遺産に含まれるものはすべて相続開始の時から共同相続人である原告らならびに杉本みどりおよび豊島良子に承継取得され、遺産分割が行なわれるまでは同人らの共有に属するのであつて、そのことは同人らのうちの誰が現実にこれを管理し、所持しているかということはまつたく関係がないのである。そして、相続税法上は、遺産の全部または一部が共同相続人により分割されていないときは、その分割されていない遺産については各共同相続人が民法の規定による相続分に従つて取得したものとしてその課税価格を計算するものとされている(五五条本文)。本件においては、成立に争いがない乙第二九号証および同第三〇号証の一、二に弁論の全趣旨を合わせれば、いまだ遺産の分割は行なわれておらず、遺産分割の調停が現在東京家庭裁判所に係属していることが認められるので、原告らの前記主張は理由がない。

4  被告署長主張の貸付信託(三、(五))が存在することは原告らと被告署長との間において争いがないが、それが被相続人美王麿の遺産に含まれるかどうかについてはしばらく判断を保留する。

5  被告署長主張の預貯金等(三、(六))のうち、(1)の当座預金一三四、八七九円、(2)の当座預金三二、四二四円および(7)の現金二五〇、〇〇〇円が被相続人美王麿の遺産に含まれることについては、原告らにおいて明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。証人岩本親志の証言により成立が認められる乙第一九ないし第二一号証、同証言および証人八代正雄の証言ならびに原告三世子本人尋問の結果を総合すれば、三菱銀行麹町支店における原告三世子名義の普通預金(被害署長主張の預貯金等のうちの(4))のうち昭和三八年二月二五日の預入金六一二、八八〇円は、セントラル証券株式会社において被相続人美王麿が同人名義でした現物取引による株式売却代金三〇五、九四〇円と同社において被相続人美王麿が伊藤利一名義でした現物取引による株式売却代金三〇六、九四〇円の合計額を預け入れたものであり、右預入金は昭和三八年三月二日現在もそのまま預け入れられたことが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はないから、右預入金六一二、八八〇円は被相続人美王麿の遺産に含まれるというべきである。被告署長主張の預貯金等のうち右認定以外のもの、((3)、(5)および(6))が被相続人美王麿の遺産に含まれるかどうかについてはしばらく判断を留保する。

6  以上1ないし5において認定したところによれば、被相続人美王麿の遺産は少なくとも1の合計二八、五〇二、八六九円、2の五、三三一、〇〇〇円、3の合計一六、四七九、九四四円、5の合計八〇五、一八三円、総合計五一、一一八、九九六円あることになる。

三、被相続人美王麿の遺産総額から控除される債務控除額が合計五〇九、五一〇円であることは、原告らと被告署長との間において争いがない。そこで、右二の6で認定した五一、一一八、九九六円から右五〇九、五一〇円を控除すれば五〇、六〇九、四八六円となることは計算上明らかである。すなわち、被相続人美王麿の遺産相続にかかる相続税の正当な課税標準は少なくとも五〇、六〇九、四八六円あることになる。ところで、被告署長が本件各更正処分をするにあたり被相続人美王麿の遺産相続にかかる相続税の課税標準の合計額を四七、一〇一、二一七円と認定したことは、原告らと被告署長との間において争いがないところ、右金額が右正当な課税標準額五〇、六〇九、四八六円の範囲内であることは明らかである。

してみれば、前記二において被相続人美王麿の遺産に含まれるかどうかについて判断を留保したいくつかの点につき判断を加えるまでもなく、本件各更正処分は正当な課税標準額の範囲内で各原告の相続分割合に応じてなされているので適法であり、さらに、本件各賦課決定処分も適法である。

四、次に、本件各裁決の附記理由の適否について判断する。

成立に争いがない甲第一号証の一(ただし、書き込み部分を除く。)同第五ないし第八号証および同第一四号証の二に証人上田治美の証言、原告三世子本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を合わせれば、次の事実が認められる。

本件各更正処分の通知書には処分の理由として「別紙のとおり。」と記載されていたが、右通知書が原告らへ送達された時には右別紙はついていなかつた。その後、原告らは被告署長の担当係官より理由書と題する書面を受け取つたが、そこには、「あなたが昭和三八年九月二日付で提出した被相続人豊島美王麿にかかる相続税申告書の内容と調査結果とを比較検討したところ、下記のとおり相違がありますから更正します。

1  有価証券取引内容につき調査した結果、伊原高圧継手工業株式一、〇〇〇株、東京都競馬株式五、〇〇〇株、関東レース株式六〇〇株、日活株式六六六株、岡崎工業株式一、〇〇〇株、日産自動車株六、〇〇〇株は売買事績からみて相続財産と認めます。(この評価額二、六六五、四九六円)

2  東洋信託銀行貸付信託三一〇、〇〇〇円は相続財産と認めます。

3  室清証券信用取引精算金一九七、一六六円、セントラル証券同五九、九三七円は相続開始日現在確定しているので相続財産と認めます。

4  三菱銀行麹町支店における相続開始日残高豊島快兒普通預金一五二、二一八円および同雪子、快兒、涼子名義積立定期預金一七、〇三三円は相続財産と認めます。なお、同三世子名義普通預金中六一二、八八〇円は被相続人の株式売却による入金ですから相続財産と認めます。

5  昭和三六年一月一日より同三八年三月二日までの現金収支計算による現金残高を上申書内容により検討の結果六、七〇九、八七七円は現金相当額として相続財産と認めます。

6  豊島良子、同みどりの朝日生命保険契約に関する権利一六九、三〇〇円は相続財産と認めます。と記載されていた。原告らの本件各更正処分に対する不服申立ての内容は申告した以外に相続財産として取得したものはないというものであつた。本件各裁決書の謄本には裁決の理由として「審査請求の理由は、昭和三八年三月二日相続開始にかかる被相続人豊島美王麿の相続財産は、申告した以外のものは相続していないというにあるところ、各種資料に基づいて検討すると、原処分において計算したもののほか、有価証券関係については、万有製薬の株式一一、〇〇〇株、信越化学株式三、〇〇〇株、日本加工紙株式一、〇〇〇株、津上製作所株式九〇〇株、関東レース株式四〇〇株、東京都競馬株式新一、〇〇〇株、旧三〇〇株、計一七、六〇〇株(この評価額五、九三六、一〇〇円)、ならびに東洋信託銀行の貸付信託二、〇〇〇、〇〇〇円(無記名二口分)、同四〇〇、〇〇〇円(豊島快兒外三名名義)、金銭信託七〇、〇〇〇円、合計金額八、四〇六、一〇〇円の申告もれがあると認められるので、原処分が現金相当額として財産価額に加算した六、七〇九、八七七円をこれから控除してもなお一、六九六、二二三円の申告もれがあり原処分を上回ることとなる。なお、原処分が申告もれとして更正したその他の財産について審理したところ原処分に誤りはない。したがつて、 審査請求には理由がない。」と記載されている。

以上の事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。右認定の事実にもとづいて考えるに、本件各更正処分の別紙理由書においては、被相続人美王麿の遺産として原告らが申告したもの以外に被告署長において右遺産と認定した個々の具体的な財産をかかげるとともに、その一部については何故被相続人美王麿の遺産と考えたかという理由をもかかげており、本件各裁決においては、被告署長の右認定には誤りはないとするとともに、さらにそのほかに被告局長において被相続人美王麿の遺産に属すると認定した財産を具体的にあげ、被告署長の認定した現金相当額六、七〇九、八七七円を除外して考えても同被告の認定した以上に遺産が存するので審査請求は理由がないとしているものである。 すなわち、本件各裁決は、原処分たる本件各更正処分の別紙理由書とあいまち、申告した以外には相続財産として取得したものはないという原告らの不服申立事由に対応して、申告されたもの以外に被相続人美王麿の遺産と認められる財産を具体的に列挙し、その一部については右遺産と認められる理由をもかかげているのであるから、法が裁決に理由を附記を要求した趣旨はこれによつて十分みたされているというべきである。なお、原告らは、裁決においては原処分の理由とは異なる新たな理由によつて原処分を維持することは許されない旨主張するが、相続税の更正処分に対する審査請求の裁決においては、更正処分の理由となつている遺産の存否、数額にとらわれることなく、総遺産を再検討のうえ審査請求の有無を決定できるのであつて、裁決において新たな理由を追加すること(たとえば更正処分においては認定されていない財産を遺産として認定すること)は何ら妨げないといわなければならない。

よつて、本件各裁決の附記理由には不備はないから、それは適法である。

五、以上のとおり、本件各更正処分、本件各賦課決定処分および本件各裁決はいずれも適法であるから、これらが違法であるとしてその取消しを求める原告らの本訴請求はいずれも理由がない。よつて、原告らの本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり裁決する。

(裁判長裁判官 高津環 裁判官 牧山市治 裁判官 上田豊三)

目録

番号 品目 個数

1 天目茶腕、黎明波山作 一

2 金寺お茶入れ、岩倉公の旧蔵 一

3 天目菊文 一

4 卯の花 古萩 一

5 行龍(鍍金)筆架 一

6 初代大樋長左衛門作茶碗 一

7 城文小筥(外側銀製) 一

8 花野香合 蒔絵 一

9 黄瀬戸香炉 一

10 水戸黄門御手製千とせ 一

11 井戸茶碗 一

12 象谷かにの絵香合 一

13 銀浮文獅子香合 一

14 蓮花炉(金属製)秀真作 一

15 軸 渡馬図 一

16 軸 花瓶の絵 雪舟 一

17 硯 (桐箱入) 一

18 推古朝釈迦銅像 一

19 小壺 (漢金錯) 一

20 硯 (紙つつみ) 一

21 軸 子庵桂悟墨蹟 一

22 軸 宗祗文 一

23 軸 御土御門院御詠草 一

24 軸 一本竹一本芋ニ行物 一

25 軸 初音 川合玉堂 一

26 軸 栖鳳作 初冬 一

27 軸 溪山入作 布さら一 一

28 軸 古径作 ぶどう 一

29 軸 栖鳳作 江梅 一

30 軸 華丘作 一

31 軸 紫峰作 梅椿双地図 一

32 軸 栖鳳作 竹雀 一

番号 品目 個数

33 恵禅師賛 印陀羅拾得 一

34 軸 溪山入作 16 一

35 軸 神泉筆 早春 一

36 軸 雅邦筆 玉堂箱書 一

37 軸 波光筆 絹本春寒双雀図 一

38 軸 波光筆 仙画 一

39 軸 雅邦筆 雉摩 一

40 軸 菊池契月筆 草紙洗小町 一

41 軸 秋圃関雪 一

42 力二振 鞘一振 計三

43 明沈石油臨小米六姚村図巻 一

44 鳥花人秋行旅図長巻 一

45 白菊掛軸 正美先生 一

46 松尾丸 大塚香縁 一

47 呉春画 蕪村 一

48 書翰掛軸 横山大観 一

49 水墨溪山雨遇画 玉堂 一

50 富士画額 大観 一

51 横額 玉堂 一

52 中皿五人前支那製木箱入 一

53 銅製肖像 正木先生 一

54 末表装 義原画 一

55 浮世絵 春草 二一

56 山水墨絵 大観筆 一

57 森要蔵一刀流初伝巻物(小) 一

58 仙画 (小) 二

59 山水掛軸 立原任筆 一

60 金属製華立 一

61 金属性獅子置物 一

62 金属製馬の置物 池田勇八 一

63 七宝華鵜 箱入 一

64 支那製陶器華差 一

65 銅製母子像置物 一

番号 品目 個数

66 金属製鯉置物(中)のつたり(小) 二

67 支那製祥瑞沓花盃 一

68 茶壺 伊郎作 一

69 金属製エンゼルの置物 一

70 金属製裸婦像置物 一

71 書軸物 木崎好尚 一

72 巻物 一

以上

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